コラム:車輪の再発明、という言葉は好むべきか、好まざるべきか

こんにちは、豆珈琲です。

そろそろ豆珈琲が復職に向けて準備を始めようかという時期で、「エンジニアとしてどうあるべきか」ということに関して考えるようになってきました。

 車輪の再開発が好まれないとき

ITエンジニア界隈で、尚且つ会社の中では「車輪の再発明」は好まれません。
この車輪の再発明とは、既に発明され、保障された技術を再び発明しようとすることです。
具体的に好まれない場面というのは、「チャットツールを導入して」と受注を受けて、skypeやslackを導入するのではなく、チャットツールを開発することです。
この開発するチャットツールは、セキュリティ対策が独自のものやや受注時の特別な仕様ではななく、slackやskypeで十分満たせるものです。
既存のシステムを導入する時間<<<既存のシステムと同じものを開発する時間であるので、この「車輪の再発明」は好まれません。

車輪の再発明が好まれるとき

好まれるときは、ずばり、「初歩的な勉強をしている」ときだと思います。
初歩的な、というのは、その技術を自分自身が触ったことがないレベルの門で、入門編のことです。

slackにbotkitでbotを開発する準備をする、npmとexpressで開発環境を整える、……Hello,word!!を出力するところまでですね。

この学びまでは「車輪の再発明」が好まれることだと思います。

余談ですが、学校の先生たちが生徒に勉強を教えるのも、車輪の再発明とふと思いましたが、どちらかと言えば数を重ねてプロフェッショナルになっていくことですね。

Hello,worldを出力するプロフェッショナルになるより、その車輪を使って何か作るのが一番ですね。